PLUS ULTRA /series まにまに

と き)2024年4月29日
ところ)DUAL BOOKs

『僕のヒーローアカデミア』。最近はまっているアニメだ。原作はジャンプに掲載されているが、そのジャンプの矜持「努力・友情・勝利」が見事に体現されている作品。ジャンプを立ち読みする毎週の楽しみの中で、読み漏らしていた秀逸な作品。アニメを見ているうちにどんどんと引き込まれてしまった。そのストーリーをここで整理するつもりはないけれど、とりあえず、3話に1回ぐらいは涙が流れるという自分側の症状だけは記録しておこう。

さて、series まにまに、そのときキーボードに手を置いたときから頭に浮かぶものを、浮かぶまにまに記録しておこうという、実験的右脳的時間。右脳的時間については、またいつか書くかもしれない。

今回は『僕のヒーローアカデミア』からはじまってしまったけれど、特にそこから先はあふれてこないようだ。いや、そうでもないか。いろいろあるんだ。自分のマンガ書棚を最近整理する中、当然ながら残っていくのは「再読の可能性」ということになる。以前までは、再読可能性に関係なく「なんかこれもっていると刺激になりそう」とか「なんかおしゃれ風でいい感じ」とか「現代を照射している感じがおもしろい」とか、まぁこちらの心の不安定さを象徴するように雑然としていたわけだけれど、整理(いわゆる断捨離)を強化する中で行きつく基準は、当然のように「再読可能性」に限定されていった。で、その可能性を感じさせるものは、自分の感性を磨くものとか、心を落ち着かせるものとかではなく、気づけば「心を震わせるもの=勇気をもらえるもの=前に進む元気がでるもの」という感じになっていた。ジャンプの表紙だけ(おそらくだけ)が、未だにグラビアではなく掲載漫画のイラスト集になっているのは、ジャンプ哲学の現れらしいけれど、まさにその哲学の強さは、ワタシに強く響いているのかもしれない。つまり、元気がでるのだ。前に進もう、という元気が湧いてくるのだ。もっと先へ。その向こうへ。

まさに PLUS ULTRA である。

あ、この PLUS ULTRA というのは『僕のヒーローアカデミア』における大事なキーワードだ。努力でも勝利でもなんでもいいけれど、とにかくもっともっとその先へ、あきらめそうなときももっと先へ、苦しさのもっと先へ、悲しさのもっと先へ、みたいな。そんないろいろな意味を含めたキーワード。それが PLUS ULTRA だ。

うーむ。タバコ吸ったからかな。あまり聲が下りてこない。。。。
視界がくもっている。。。。
たぶんあれだな。この右脳的時間をひとつの実験として頻度高くいこうと思ったその意識が、特にそのタイミングでもないのにこうしてキーを叩かせているせいだな。つまり、自然発生的ではない。自然発生的な行為としてキーボードを手段とするには、あまりよくないかもしれない。でも仕方がない。他にあまり方法がないのだ。

いや、聞くところによれば、呼吸や体への意識の持ち方で、その訓練は日常化しやすいみたいだけれど、ついついやりたくなっちゃうことで右脳的時間を構成できればうれしいな、という率直な想いに従えば、ワタシの場合はどうにも「書く」ということが大切なような気がする。

そういえば、また「series まにまにを始めた開始時刻」を記録するのを忘れてしまった。時計もみないようにしているので、どうだろうか、10分ぐらいは経過したのかしら。最後に終わった時刻だけでも記録しておくことを忘れないようにしよう。

話は変わるけれど(正確には、今脳内で、左脳側で生じた自動思考に従って、右脳側でそれを取り扱おうとすると)今日は 町内会の総会 だということに思い到った。町内会。それぞれの地域でそれぞれの色合いがある不思議なコミュニティ形態だ。オフィシャルの資料(たとえば活動実績とか事業計画とか)に落とし込むと、どこでも似たような雰囲気のするコミュニティ形態だけれど、その実はまったく多様であるように思う。うちの町内会はたしか加入率90%以上だし、子ども会の活動も、夏祭りも相当に元気があって、はっきりいってすごい。稀な会だろう。ただ、問題はいろいろ散見しているのは、他の町会と同じだと思う。たとえば、「子どものために子どものために」が連呼されるのはまぁいいとして、高齢者や元々長くこの地域を紡いできた人々に対する配慮なりリスペクトなりが足りないようにも思える。間違って高齢者の集いに入ってしまったワタシ としては、それを感じる機会が多い。そう、まちがってはいっちゃったのです、一昨年くらい。近所の仲のいい年配の方に「毎月、会館でカラオケやってるから今度遊びにきなよ」と誘われていったのが、いわゆる老人クラブで、クラブ会長もメンバーの方々も、突然現れた40代(=若造。かつ移住者なので知らない顔)に違和感たっぷり。でもそこから多少の紆余曲折があり、おそらく 老人クラブ史上はじめて、40代のワタシが名簿にのる という不思議な始末に。それはそれで、まぁ多少おもしろい展開でもあるのですが、実際毎月の集いに(毎月はいけないけれど)参加する中で感じるのは、とにかく

「なんか40代が1人いるだけで、みんな楽しそう

ってこと。いつも歌わない人が歌っちゃう、いつもより少し多めにお酒のんじゃう、「今日は楽しかったなぁ」といいながら解散する。そんな場面を見るにつけ、一体どれだけ「固定的な日常」をおくられているのかと想いを馳せてしまう。固定的である日常自体には、全くネガティブな感覚は私にはないけれど、一方で「ちょっとした変化」がいかに生を輝かしいものにするのか は大事だと痛感してします。

古本屋、珈琲やお酒の飲める古本屋として、地域・田舎に登場したワタシたちとしては、地域に変化を投じてしまったわけだけれど、その波紋がポジティブにひろがることを想定しながら配慮を重ねてきたわけだけれど、そんな「新しい場」よりも、「元々ある場」の中に、ふと、ごく自然に生じる変化、それこそが人々の小さいけれど確かな幸せ(村上春樹)を生じせしめ、生の躍動のきっかけとなり得るのかな、などと考えている今日このごろなのです。

想えば「新しいもの」ということに大体にして反抗的だったワタシの性質。そんな性質は必要ないと手放してきた何年間だったけれど、やっぱり落ち着くところは「もともとあったものを大事にしながらゆるやかに変化していくこと」なんだなと自覚する今日この頃なのです。あとそうだ、関連して、これまたしばらく前に気づいたことなのですが

ワタシはどうやら「オワコン好き」

だいうこと。一般にオワコンと思われているものでも、ワタシが勝手に社会にとって大切だと思うと、なんだか心が燃えてしまう、という気質を自覚しました。たとえば、路線バス。過疎のまちで小さい売上でもほそぼそ続けているちいさなちいさな個人商店。形骸化した町内会・・・・などなど、オワコンと言われやすいものを前にすると「なんかしたいなぁ」っておもっちゃうらしい。しかも善意ではなく、好奇心として。気概でもなくただの興味として。このあたりを実現するために、法人化を目指しています。

と、いきなり話が法人化というなぞにビッグな話題となりましたが、これも左脳の自動思考を配慮なく右脳的に記録していくこのシリーズまにまにと特徴ということで、おもしろおかしく放置しておきましょう。いずれ落ち着いて書くことになるでしょうか。

オワコンのその先へ。 PLUS ULTRA

なんだか、調子悪くはじめた今回のシリーズまにまにも、なんだかいい感じでおわることができそうです。そうそう、こうして生まれたものそのものを自動的に書くことで(右脳的時間を過ごすこととで)何かがすっきりしてかすかに生まれ変わるような感じ。それだ大事みたいですよ。

それではまた、素敵な日々の素敵な隙間でお逢いしましょう。Chao!!

おわり)2024年4月29日 8:00

鹿児島出身東京経由小樽着。 小樽銭函エリア、春香山の麓『古本屋 DUAL BOOKs』店主。

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